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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)917号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人福井盛太、同宮沢邦夫、同飯塚信夫の上告理由第一点について。

論旨(とくに(二)及び(三))中主要と認められる部分を要約すれば、原判決は、「被控訴人主張のように金五五万円を控訴人に交付した」ことを認めながら上告人が被上告人に交付した右金五五万円及び三三万五千円が何のために支出されたものであるかにつき明確な判断を下すことなく、単に右金員の返還につき上告人主張のごとき特約のあつたことは認められないとして、たやすく上告人の請求を排斥したのは不当であり、また、特約以外でも被上告人に返還の義務があるかどうかを判定すべきであるのに、これをしなかつたことも不当であり、要するに、原判決には理由不備の違法があるというのである。

よつて、案ずるに、本件記録によれば、上告人の本訴請求中出資金の返還を求める部分に関する上告人の主張事実の要旨は、上告人は、被上告及び訴外スコリナスとの間に締結した組合契約類似の契約に基き共同法律事務所を開設するに際し、出資として金五五万円を支出し、さらにその後、右訴外人が右共同事務所を脱退するに際し、同人に対する出資返還金六七万円の半額に当る金三三万五千円の追加出資をし、その後自らも右共同事務所を脱退するに至つたものであるが、共同事務所を退脱する際には、右出資金全額の返還を受ける特約があつたので、その特約に基き出資金合計金八八万五千円の支払を請求するが、「仮りに右特約が認められず、被控訴人の脱退当時における財産は銀行預金だけでも壱千万円以上あつたのであり、被控訴人の返還請求する金員には余りある」(以上カツコ内、原審における被控訴代理人の昭和三四年九月一六日付準備書面の原文のまま)ので、前示金額の支出を求めるというのである。これに対し、被上告人の主張の要旨は、被上告人は訴外スコリナスとの共同法律事務所の一部を上告人に使用させる契約をしたに過ぎず、上告人の支出金五五万円は出資金ではなく、いわゆる「キイ・マネー」であつて、米国法律家間の慣習により返還することを要しないものであるから、これにつき上告人主張のごとき返還の特約はなく、また、訴外スコリナスに対する出資返還金は、全部被上告人が支出したものであるから、被上告人の請求には応じ難いというにある。ところで、上告人主張の右支出が出資であるとするならば、その事実は、上告人と被上告人との間に組合契約ないしこれに類する契約の存在することを窺わしめる有力な資料であることは言うまでもないところであるから、右支出の有無ならびにそれが出資であるか、被上告人主張のごときいわゆる「キイ・マネー」に過ぎないものであるかは、本件における重要な争点であると解されるところ、原判決によば、原審は、上告人は、被上告人と訴外スコリナスが各自金七二万円を出資し、損益は平等に負担分配し、もし一方が任意に脱退したときはその時における事務所の資産に応じて出資金を返還する旨の契約の下に、すでに開設されていた共同法律事務所で法律事務に従事することとなつた際、上告人主張のごとく金五五万円を被上告人に交付したほか、訴外スコリナスが右共同事務所を脱退するに際し、さらに金三三万五千円を被上告人に交付したことを認定しながら、右金員合計金八八万五千円がいかなる趣旨の下に支出されたかについてはなんら明確な判断を示すことなく、上告人主張の出資返還の特約の認められない本件においては、右金員の返還を求める上告人の請求は理由がないと判示したことが明らかである。もつとも、原判決は、その理由の他の部分において、上告人は右共同事務所においては「事務所の施設を使用し、各事件ごとに報酬等の分配を定めて事務を執るにすぎない地位しか持たなかつた」と認定しているので、上告人の右支出が出資であるかどうかの争点についても暗黙に判断を下しているようでもあるが、右争点は、上告人主張の契約関係の有無を判定する上において、その核心ともいうべき重要なものであることにかんがみれば、原審としては、この点については理由を付して積極的にその判断を示すべきものと解されるので、これを怠つた原判決には、重要な争点についての判断を逸脱し、理由不備の違法があるものといわなければならない。

さらに、出資を伴う組合契約又はこれに類する契約において当事者の一人が脱退したときは、その出資の返還に関し別段の特約がない場合においても、共同財産の状況に応じ、持分の払戻し又は残余財産の分配の形において金銭の支払がなされるべき筋合であると解されるところ、上告人が、仮りに特約が認められないときは、脱退当時の財産状況に応じ計算されるべきであると主張していることは前示のごとくであり、その主張の趣旨は必ずしも明確とは言い難いが(原審は、釈明権を行使してその趣旨を明らかにすべきであつた)、以上説示の趣旨をも含むものと解しえないではないので、原判決が特約の認められないことを理由に、たやすく上告人の請求を排斥したことも首肯し難いところである。

さらに、上告人は論旨の一部において、証拠を挙示して、上告人は共同事務所の施設を使用し、各事件ごとに報酬等の分配を定めて事務を執るにすぎない地位しか持たなかつたとの原審の前掲認定を非難しており、原判決によれば、原審は、上告人の本訴請求中報酬等の分配に関する部分に関し、上告人主張のごとき平等分配の特約は証拠上認められず、却つて上告人、被上告人間の受任事件に関する報酬等の定めはその都度事件ごとに定められたことが明らかであるとして、上告人の請求を排斥しているのであるが、前段において説示したごとく、もし、上告人の前示支出が出資であり、上告人と被上告人との間に組合契約類似の契約関係が認められるとするならば、前示共同事務所において引受けられた事件に対する報酬等について一般的な分配が行われるべきことはむしろ通常のことと考えられるから、上告人の支出金の性質に関する原審の前記判断の遺脱は、ひいて、上告人の報酬等の分配に関する請求に対する原審の判断にも影響を及ぼすものと解するのが相当である。以上のごとく原判決には、重要な争点についての判断を遺脱し、理由不備の違法があり、その違法は判決の全体に影響を及ぼすものと認められるので、前掲論旨はいずれもその理由あるに帰し、原判決は破棄を免れない。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)

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